政治力

 

ケネディが尊敬していた日本の政治家「上杉鷹山」

政治家ケネディが、歴史は繰り返すと言わる政治の共通点を求める上で、 封建社会の中で民主改革を志した「上杉鷹山」を知ったのは 偶然ではないのだろう。
人間世界には3つの壁があると言う。   「物理的な壁」  「制度の壁」  「心の壁」
2人はこの壁に挑戦した人物と考えられる。
「大名と家臣の為に人民は存在しない、人民のために大名と家臣が存在する」
「為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」 有名な言葉である。 山形県米沢の上杉家は上杉謙信の流れを汲んでいたが、200万石から 15万石まで減らされていた。 しかし、根強い温情主義と慣習から、藩士の定員はそのまま維持され 家格を重視するための交際費で藩の財政は逼迫していた。
下級家臣は給料不足から内職に走り、安易な重税策から農民は離散 していった。民衆が疑心暗鬼の状態にまで貧困化していたのである。
米沢藩を収める上杉重定は、藩を幕府に返上を願い出ようとしていた のであるが、家督を秋月家から養子となっていた治憲に譲り藩の再建を 願った。
治憲17歳
江戸屋敷にて、猛勉強が始まった。
改革を実行するには藩の実態をつかまなければならない。
数字でなく、土や水の姿 生きている人々の考え、行動、、、、 すなわち、米沢の産業、藩士、民衆の生活実態、考えを把握し、 財政再建、と国を富ますため、身分制度や人々の意識改革を行ったのである。
改革案を作り実行するにあたり、まず、協力者(人材)を求めた。 危機感から藩の重役に反抗していた左遷組である。
改革を実行すべく米沢に向かった。しかし、米沢の宿場にて、 荒れ果てた宿場を目の当たりにしてしまった。 泊まる宿も無いのである。
「この国を再建できるのだろうか」治憲は自信を失った、、、、、、、、、しかし
火の消えかかった煙草盆をかき混ぜながら途方にくれていた 治憲の目に輝きが灯った。
家臣を集め説明した。
「国の民はこの煙草盆の灰のようである。しかし、私は火種を見つけた。
 私が火種になる。おまえたちも持ち場持ち場で火種に為ってほしい。  火種を絶やさなければ、必ず次の火種が起きる、、、」
こうして、家臣の心を捕らえて、改革を実行していったのである。
国についた治憲は全藩士を大広間に集めた。
まず重役と相談し、次に上級藩士、そして下級藩士、と藩政は行われる 慣習を破ったのである。
「改革は全員の合意がなければ進められない」 つまり、藩主の考えを末端まで浸透させなければならない事を知っていた。
改革の目的と方針を説明した
   1,藩の実態を赤裸々に告げ
   2,改革の目的を民衆に置く、、 、、、、、
今日的に言えば、
    1,実態を白書に示す
     2,改革のビジョンと方法を示す
     3,トップの限界を示す
    4,全員の経営参画を求める
     5,情報を共有する
    6,トップダウン、ボトムアップの討議を行う
     7,モラルとモチベーション
かくて改革は始まった。虚礼や形式行事を自ら廃し、質素倹約、、、
但し、この質素倹約は実体経済の縮小をめざしたのではなく、 これにより発生した資金を産業振興や教育に使ったのである。
藩士自身に開墾、植樹させ、藩士の心から民衆の心も動かして いったのであった。
旧重臣たちで、従来の環境に甘んじていた反対派の妨害も始まった。
ついに、重臣を含む7人反対派は治憲を監禁し、意見書を提出した。 内容は、民衆は改革案に不審を持っており、改革派の悪人に 騙され、皆、迷惑していると、、、
人の中傷、誹謗で、昔のしきたりに戻すと言う将来性の無い意見書 に、先代の重定は激怒し、切腹を命じたが、 治憲は、この事を重視し、藩士全員を集め意見書を朗読し、意見を求めた。
反対派の意見書の「うそ」偏見が明るみに出たのである、火種は大きく育っていた。
7人の処断は皆を恐れさせた。2人が切腹、2人が閉門、知行召し上げ、 3人が隠居閉門である。若い藩主がこれほど思い切った事をすると思わなかった のであった。
「うそ」を徹底追及したのである。
治憲の意図は「自分の宣言した事は守る。しかるに、皆も守れ!」
藩士は民衆に対して奉仕するが、民衆も政府に対し協力しろ、、、
治憲の政治には双方向性があったのである。
一方で7人の息子を呼び、家督を継がせ、知行も元通りにしている 知と情の巧みな管理を行っていることは見逃せない。
改革の大きな成果は米沢の産業復興や財政再建と言うよりも、 「米沢では棒杭が商いをしている」と言わしめた事、すなわち 米沢藩民の心に愛と信頼を甦らせたことが大きいのである。


政治とは!

政治力を定義すると 他の人の意志に働きかけて自分の意志に添うように動かす能力 と言える。
他の人の意志に働きかけるにはどうしても強制的に、あるいは 術策を凝らされて行動することになるが、喜んで動かされる人は 少ない。
人が人を動かす事は社会の中で必要であり、団体として 国として力を発揮する。
政治力には平常時と危機時があるが、危機時は堅固なリーダーシップ、 が求められる。しかし、強引に引っ張るだけではうまくゆかない。 人々が奮発努力した後に疲労してしまうからである。
休養も必要である。努力と休養をうまく使い分けることが重要だ。
政治力は異なった考えや利益のぶつかりあいのもとで発揮され、 強い方が勝つ。
歴史では、高名なリーダーは勝ち目の無い戦いに挑み、運良く 勝っている。つまり、闘争心にプラスして、寛大さと細心の 注意力も身に付けている。
さて、基本的に政治力を身に付けるには、天性の素質と 思われがちだが、努力してある程度備えることはできる。
優等生にならない事と歴史感覚を備える事に注意しよう。
歴史の人物の共通点を学び、対処方法と自分の限界を知る。
また、 他人が率先して手伝える、協力できる部分を 残しておくことも人を動かすには必要である。
優秀な技術者出身のリーダーに発生しやすい過ちがこれである。
リーダーになるには技術、知識の優位性から部下を動かそうとする 出来なければ、自分が自らかって出て処理してしまう
これでは、国、会社を動かすことはできない。