線路幅 従来1067mmに対し 1435mm 電源 25000Vにすることで、高速化した
全く新しい鉄道を作るため
昭和37年 神奈川県内に12kmの試験線路を建設して試験走行を開始した。
その年の10月には時速200kmを達成している。従来の鉄道が時速110kmであることと比較して
未知の領域なのであった。
翌年には 時速256kmを記録した
昭和39年には営業車両として 12両編成の30本が完成した
在来線の車両20mに対し 25mある
走行関係の特徴として 全車両の全車輪に駆動モーターを搭載しているのが特徴である
ロクハンの接触不良はいつもの場所である。修理はキハ52と同様である。
車両カバーを外し板金電極の裏側、車輪の電極板金の接触面を清掃する
車輪の樹脂カバーを外し、電極と車輪軸を清掃する
余談であるが、たった2〜3年で実現している、当時の人のやるきエネルギーは感服する
今のコンプライアンス企業会社では、絶対にできないだろう。
MRJの飛行機は当時だったら、完成していたのかもしれない。
プログラムは、東京駅からスタートして、スピードを上げて1週する
その後、停止して逆走行で走る、また停止して正方向で走る
スピードを落として、東京駅で停止する